――DJPの権力山分け改憲協商を見ながら――
内閣制改憲の延期論と国民会議と自民連の合党論がいわれながら、政局の行方が見通せなくなってきた。政治の動きが読めなくなった。国民は、いったい政治がどのように進んでいくのかわからないまま、金大中大統領と金鍾泌総理の顔だけながめている。年初の国会の強行採決以後、政局の流れがつかめず、政界改編をとりまく推測が乱舞している。政治が跛(は)行を繰り返すたびに、与党首脳部の何人かの密室政治が幅を利かせている。
金鍾泌総理と朴泰俊自民連総裁がそれぞれ金大中大統領と定期的に会って、政治的密談を進めているようだ。金大統領と朴総裁は、昨年十一月から国民会議と自民連の合党を議論してきたといわれている。連立政権の枠を崩してハンナラ党の非主流まで含む「新三党合党」構想に朴総裁が同調すると、これに自信を得て、青瓦台(大統領官邸)と国民会議側が内閣制改憲の延期論を公論化しながら、金総理を圧迫している。
青瓦台と国民会議側は、内閣制改憲の時期を延期するが、金大統領の任期末に(大統領と首相が権力を分担する)「二元執政制」改憲を進め、このために合党する構想を整えている。合党すれば党の総裁職と総選挙の公認権の相当部分を与える、という甘い提起を受けた金総理側が利害得失をはかりにかけているようだ。
一方、国民会議と自民連が内閣制改憲の問題をめぐって進退きわまったのは、政略的な野合政治がもたらした必然的な結果である。年内の内閣制改憲を放棄する代価として金総理にあまりに多くの権力を分配すれば、国民会議内の次期大統領希望者や直系部下らの不満が吹き出るので、合党も簡単ではなくなる。内閣制改憲のいましめから抜け出すための合党が、来年の総選挙での勝利を保証できない点も大きな負担だ。自民連側は悩みがさらに多い。合党すれば自民連の存在性が喪失し、来年の選挙で惨敗する可能性が高い。九〇年の三党合党後に行われた国会議員選挙のとき、金総理の地盤である忠清道で惨敗した経験があるため、自民連は合党提案を気軽に受け入れられないでいる。
内閣制改憲の延期、合党、二元執政制をめぐる複雑な方程式が、金大統領と金総理の二人を中心に展開されているだけで、国民は完全に排除されている。国民不在の密室政治がいつのまにか政治に化けて、情勢のひとつのながれを作っているのである。改憲は国と政治の基本枠を変える重大事であり、政治家何人かの裏取り引きで終わるものではない。憲法が定めた権力構図を変えなければならない理由と名分、手続きと過程を国民に詳しく知らせなければならないのに、今の「密室政治」はこれに逆行している。国民を軽視する国民愚ろうの政治である。主権在民の国で、改憲という重大事を、主権者である国民を排除したまま、DJP(金大中・金鍾泌)の二人だけでいじくっている政治形態に、義憤を禁じえない。
国民の意志とは無関係に二人が「DJP合意文」を作っておいて、いまになって、事情が変わったので改憲時期を延長してくれれば代価を提供する、と密室で取り引きするのは、政治を私物化する発想である。
野党時代、折りさえあれば予測可能な政治を行えと注文してきた金大統領自身が、密室政治で見通し不能な政局を好んでいるようだ。巨大与党を作るための政界改編構想の障害物になってきた「年内改憲」問題を、国民と公開的に相談する予測可能な政治を行うどころか、密室政治の大家である金総理と二人だけで協議している。
密室での取り引きを通して内閣制改憲問題がすり合わせられても、それで終わるわけではない。現在の国民会議と自民連の議席の百五十八では、改憲議決に必要な二百議席に四十二議席も足りない。金大統領陣営は、二元執政制改憲のため、ハンナラ党の民主系などを引き抜こうとしている。金総理陣営は、内閣制改憲のために、ハンナラ党の内閣制を好む勢力と手を握ろうとしている。ところが、どちらも「新三党合党」のような大統合なしには、四十二人の国会議員を一度に引き抜くことはできない。これも正道ではない。
このように、野党の同調なくしては実現不可能な内閣制改憲、それも改憲以後、院内の多数党にならなければ内閣改憲の構図が保障されない政治実験が内在しているのが、現在の政治構図の根本問題である。金大統領陣営と金総理陣営の政治欲を満たすための「DJP合意」が今や足かせに変わり、この足かせから抜け出るための二人の密談が、新たな政治野合を生み出すこともある。
何人かが自分の権力欲を満たすために、権力構図を思いのままに変えてもいいのか。三党合党を非難した人々が、権力の蜜(みつ)にむらがって「新三党合党」を繰り返そうとする理由は何なのか。権力を勝手に分け合う政治的野合は、いつも破滅に終わる。これは政治史の法則である。少数の権力者が餅(もち)をまるめるように政局を運営する時代はすでに終わった。政治の私物化は独裁につながり、独裁は計り知れない不幸をもたらす。国民が血を流して反独裁民主化闘争を行ったのは、何人かの政治家の政治欲望を満たすためではなく、もちろん国民不在の密室政治のためではなかった。民主政治の柱は、民が主人になる政治である。密室政治は政治屋の「政治ゲーム」ではあっても、本来の意味での政治とは無関係なものである。国民をこれ以上、愚ろうしてはならない。
(全東秀記者)
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